大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和33年(モ)13148号 判決

大阪市東淀川区十三西之町二丁目二十一番地

債権者

丸中工業株式会社

右代表者代表取締役

中村涼

右訴訟代理人弁護士

新長厳

東京都江戸川区東小松川四丁目千二百十一番地

債務者

福家文吉

右訴訟代理人弁護士

菅谷瑞人

池田久

右当事者間の昭和三十三年(モ)第一三、一四八号特許権仮処分異議事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

当裁判所が、債権者、債務者間の昭和三十三年(ヨ)第五、二六七号特許権仮処分申請事件について、同年十月十五日した仮処分決定は、取り消す。

債権者、の本件仮処分申請は、却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由(「事実」省略)

債権者が昭和二十六年十一月十日横田半蔵より同人の昭和二十五年四月十八日附出願にかかる「鉄道車両の車体自動洗浄装置」に関する本件特許権の実施許諾を受け、さらに、昭和三十年五月三十日、右横田から本件特許権を譲受けた日本車輛洗滌機株式会社との間において、あらためて昭和四十一年七月二十二日まで本件特許権を実施できる旨の契約が結ばれたところ、昭和三十二年五月同会社より契約違反を理由に右実施契約を解除する旨通告を受けたこと及び同年六月三十日、債務者が同会社より本件特許権を譲り受け、その旨の登録を経ていることは当事者間に争いがない。

しかして、債権者は、前記実施契約解除の効力を明らかに争わず本件特許の出願当時すでにその発明実施の事業をなし、本件特許につきいわゆる法定実施権を有する旨主張するので、以下、まず、この点について判断するに、各証拠によれば、

昭和二十四年四月頃、近鉄明星検車区より鉄道車輛の車体自動洗浄装置の設置方について要望を受けた同会社上本町営業局技術部検車第二課長片山忠夫は、当時国鉄名古屋検車区に設置してあつた同装置あるいは同装置に関する外国文献、その他の資料を調査研究したが、その結果に基き同年十月二十四日、近鉄企画委員会において前記明星検車区に同装置を設置することが決定されたので、その頃片山課長は、同会社の取引業者であつた債権者に対し、非公式に、自動洗浄装置の設置計画について協力を求め、債権者とともに、さらに国鉄品川検車区に設置の同装置を調査するなど、その研究を重ねたうえ、債権者に同装置の設計並びに製作費の見積などを依頼し昭和二十五年三月十四日近鉄として同装置に関する正式の決裁もあつたので、同課長はこれまでの協力関係もあり、非公式ながら債権者に対しその製作に着手するよう指示したところ、債権者は、近鉄より程なく正式の発注もあるものと予定し、従来国鉄などで用いられてきた洗浄装置に種々改良を加えて設計を進め、翌昭和二十六年三月二十一日に至つて、ようやく初の製作に成功したことが一応認められ、債権者の手になる前記洗浄装置が本件特許権の権利範囲に属する考案のものであつたことも弁論の全趣旨に徴して一応これを肯認しうるところであるが、債権者が本件特許の出願日である昭和二十五年四月十八日以前すでに前記完成した自動洗浄装置の基礎となつた設計を完成して、その製作に着手していたかどうかについては、甲第十四、第十五、第二十八号証には、あたかもこれに副うかのような記載があるけれども、その記載内容自体がいずれも具体性を欠くとともに、前顕各疏明とも対比し、た易くこれを採ることはできず、他にこれを認めるに足りる疏明もない。

もつとも証人白井正義、同片山忠夫の各証言及び債権者会社代表者の本人尋問の結果によれば、債権者は、本件特許の出願前である昭和二十五年三月末頃、自動洗浄装置の構成部分であるブラシの製作を、その業者である白井正義に発注し、同年四月末頃その完成をみたことが一応認められるので、右発注のときすでに債権者は同装置の設計も終え、その製作に着手したのではないかと推測されないことはないが、本件にあらわれた全疏明をもつてしても、その当時果してどのような考案の洗浄装置について、どの程度まで設計が進められていたのかが明らかでないうえに、債権者会社代表者の本人尋問の結果によつても窺われるとおり、ブラシは洗浄装置全体の設計が完成しておらなくとも一応別個にこれを製作しうるもののようであるから、ブラシの製作に着手した一事から推して直ちに債権者が出願前に本件特許の発明要旨と同一ないし類似の考案にかかる洗浄装置の製作に着手したものと推認することはできない。また、債権者は、前説示のとおり、本件特許の出願前から洗浄装置の設計に着手しているが、出願前にその考案を完成して、製作に着手したことの疏明がない以上、仮にその当時における考案内容が本件特許の発明要旨と同一ないし類似しており、かつ出願当時その設計が余程進捗していたとしても、それだけでは、まだ同発明実施の事業に着手したものとは解し難い。

以上説示したとおり、本件における疏明関係のもとにおいては、本件特許について債権者がいわゆる法定実施権を有する、とする債権者の主張は、これを採用するに由なく、この実施権の存在を前提として、債権者が債務者に対し本件特許にかかる車両自動洗浄装置の販売、拡布の妨害禁止を求める本件仮処分申請は、その被保全権利を欠くものというほかない。

したがつて、本件仮処分申請は、進んでその余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべく、もとより保証をもつてこれに代えることも、本件事案の性質上適当とは認められないから、却下を免れない。

よつて、債権者の申請を認容してした本件仮処分決定は、全部取り消し、(もつとも、前記洗浄装置の製造に対する妨害の禁止を求める部分については、本件異議手続において債権者がその申立を撤回した。)債権者の本件仮処分申請は却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十五条を、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項を、それぞれ、適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第九部

裁判長裁判官 三宅正雄

裁判官 宮田静江

裁判官 中村修三

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例